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大阪地方裁判所 昭和53年(モ)2616号 判決 1981年2月16日

申請人 亀靖

<ほか四名>

右申請人ら訴訟代理人弁護士 鏑木圭介

同 戸田正明

被申請人 大阪白急タクシー株式会社

右代表者代表取締役 徳久昌

右訴訟代理人弁護士 中筋一朗

同 益田哲生

同 荒尾幸三

主文

申請人らと被申請人間の当庁昭和五二年(ヨ)第三二〇〇号仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五三年三月一日になした決定はこれを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人ら

主文と同旨

二  被申請人

1  主文第一項記載の決定はこれを取消す。

2  本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

3  訴訟費用は申請人らの負担とする。

4  仮執行の宣言

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  被申請人(以下「被申請人会社」ともいう。)は、主として一般乗用旅客自動車運送事業を営むタクシー会社であり、車両の保有台数は三六台、従業員数は昭和五二年七月九日現在約八〇名である。申請人らは、いずれも被申請人会社に雇用され、タクシー運転手をしていたものである。

2  被申請人と大阪白浜急行労働組合(以下「白急労組」という。)との間には、昭和五〇年九月一一日労働協約が締結されており、その第三条において「会社は組合に加入しない従業員および組合を脱退し、または組合から除名された従業員を原則として解雇しなければならない」旨のいわゆるユニオン・ショップ条項(以下「本件ユ・シ協定」という。)が規定されている。

3  申請人らは、もと白急労組に所属していたが、昭和五二年七月八日いずれも右組合から脱退し(以下「本件各脱退」という。)、同日申請人ら五名でもって日本私鉄労働組合関西地方連合会(以下「私鉄関西地連」という。)傘下の大阪白急タクシー労働組合(以下「白急タクシー労組」という。)を結成した。そこで、白急労組は、同月一一日申請人らをそれぞれ同組合から除名する処分(以下「本件各除名」という。)をした。

4  被申請人は、同年七月一一日白急労組から、申請人らを除名したとして本件ユ・シ協定に基づく申請人らに対する解雇の要請を受けたので、同月一四日申請人らに対し、本件ユ・シ協定に基づいて申請人らをそれぞれ解雇する旨の意思表示(以下「本件各解雇」という。)をし、それ以降申請人らの就労をいずれも拒否している。

5  しかしながら、本件各解雇は次の理由によりいずれも無効である。

《以下事実省略》

理由

一  申請の理由1ないし4の各事実(ただし、白急タクシー労組が私鉄関西地連傘下の組合であるとの点は除く。)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件各解雇に至る経緯

前記当事者間に争いのない事実と、《証拠省略》とを総合すれば、次の事実を一応認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  被申請人は、昭和四五年に営業を開始してから昭和五二年三月末に至るまでの間、昭和四七年二月、同四九年一月、一一月の三回にわたり運賃の値上げ改正が実施されたにもかかわらず、昭和四七年度と同五一年度の二期に僅かの営業利益を計上したのみで、その余の各年度はいずれも大幅な営業損失を計上し、その累積額は昭和五二年三月末現在で八〇五九万円余りにも達した(なお、被申請人は、このほか被申請人が南海白浜急行バス株式会社から分離独立したときの営業資産等の譲受け代金八〇〇〇万円の債務も負担していた)。被申請人が右のような経営不振に陥った原因としては、経費節減ムードの影響により市場性が思わしくなく増収がそれほど伸びなかった反面、人件費・作業費その他諸物価の上昇による経費の増加が大きかったことがあげられるが、中でも人件費の負担増は看過できないものであった。すなわち、右各年度における乗務員の給料・臨時給の営業収入に占める割合(賃率)は、昭和四五年度と同四七年度を除くといずれも六〇%を上廻っており、そのうち昭和五一年度における賃率は六二・九%を示し、給料・臨時給のほか福利厚生関係の経費等も含めると、実に七二・七%にまで及ぶという状況であった。

2  被申請人会社では、従来、毎年春闘において組合から賃上げの要求があり、これに関して労使間で団体交渉が行われ、その結果賃金の改正を伴う賃金協定が締結されるという、いわゆる年度別賃金方式(旧賃金体系)を採用してきており、昭和五一年四月一日以降の賃金については同年五月一一日被申請人と白急労組との間で「昭和五一年度賃金に関する協定書」が取り交されていた。

その主な内容は、次のとおりであった。

「(1)昭和五一年度基本給の積上げ額は六〇〇〇円とする。ただし、祝祭日出勤手当三〇〇〇円、定昇八〇〇円を含む基本給とする。以下略。(2)初任基本給は九万三五〇〇円とする。各人の基本給の二六分の一(三五九六円)を出勤日数に応じて支給する。(3)(4)略。(5)皆勤手当は三〇〇〇円とする。ただし、月額営収二四万円以下の者および欠勤がある場合は無支給とする。以下略。(6)固定深夜手当は一万円とする。乗務回数に関係なく月額営収二四万円以上に支給し、以下略。(7)初任固定部門は一〇万六五〇〇円とする。一三乗務基準とする。(8)歩合給は月額営収足切額一二乗務勤務の月は二二万一五三〇円、一三乗務勤務の月は二四万円、一四乗務勤務の月は二五万八四七〇円とし、以上の営収に対しその差額の四〇%を歩合給として支給する。(9)深夜割増手当は乗務回数に関係なく月額営収二四万円以上の営収に対しその差額の一〇%を手当として支給する。(10)付加給は月額営収二七万円以上の営収に対し下記のとおり(略)月額営収別に支給する。(11)年功給(定昇)は一年八〇〇円とし、以下略。(12)修理手当は一時間六〇〇円支給する。以下略。(13)退職金の算出基準は初任基本給に組入れた積上げ額(定昇除く五二〇〇円)のうち二〇〇〇円を退職金算出基準額に組入れ各人の基本給より一万八五〇〇円控除した額にて算出する。(14)ないし(26)略。」

3  被申請人は、昭和五二年度の春闘を迎えるにあたり、多額の累積欠損をかかえている現状にかんがみ、会社の再建を図るためには、従来の年度別賃金方式に代えて、運賃の改正が実施されるまで賃率を一定に抑えた収支均衡型の新しい賃金体系を導入するなど抜本的な対策が必要であるとの認識に立ち、昭和五二年二月四日和歌山で開催された労使経営協議会において、白急労組の執行部に対し、被申請人会社の実情(経理状況と将来性)を訴えるとともに、(イ)乗務員の賃率(臨時給・福利厚生費を含む。)を五七%までとする収支均衡型賃金体系、(ロ)退職金支給規程の凍結、(ハ)非乗務員の賃金の組直し(成果配分とする。)等のいわゆる会社再建案を提示し、これを実施しなければ会社の再建は覚束ないことを説明して、白急労組に対しその協力を求めた。そして、被申請人としては、昭和五二年度の賃上げ交渉にあたっては、白急労組の上部団体である私鉄関西地連から被申請人を含む大阪府下のタクシー業者九社に対して要求のあった集団交渉には参加できないとの立場をとり、二月八日ころその旨白急労組に申し入れた。

4  白急労組は、同年三月一一日開催された全員集会(組合大会に準ずる最高決議機関)において、被申請人が提示した前記会社再建案の受入れを拒否し、あくまで従来の年度別賃金方式を維持したうえで賃上げの交渉を進めることを基本方針として決定するとともに、同年度賃金および臨時給に関する具体的な交渉にあたっていわゆる三権(交渉権・スト指令権・妥結権)を上部団体である私鉄関西地連に委譲することを決議し、同日右地連に対し団体交渉権等を委任したうえ、被申請人に対しその旨通告した。しかし、私鉄関西地連では、被申請人が前記のとおり同業他社と歩調を共にせず一社だけ集団交渉への参加を拒否する立場をとったことから、恐らく同地連との対角線交渉にも容易に応じないものと予想されたため、被申請人を除く残り八社との集団交渉において一定の結論をみたうえで被申請人との団体交渉に臨み、そこで何らかの決着を図ることとし、被申請人との対角線交渉を中断していた。

5  白急労組は、同年五月一〇日被申請人から、「賃上げ問題を協議するに先だち五月一八日までに会社再建案について協議したい。なお、再建案の協議不成立の場合は会社は縮小、廃業の方向にもってゆく方針である。」との申入れを受けるに至り、この申入れに関して私鉄関西地連から、集団交渉の結果が出るまで引き延ばせというだけで具体的な適切な指導が得られなかったことから、白急労組では最終期限の五月一八日に全員集会を開催してその対応策を協議した結果、私鉄関西地連の指導は生ぬるく頼りにできない、一応会社再建案について被申請人と話合をもったらどうかというような意見が大勢を占め、ここで一転して会社再建案を受け入れる方向で被申請人と協議することに当初の基本方針が改められた。そこで、白急労組の執行部は、同月二四日から二六日にかけて行われた出番者集会(当日出番に当たっている者が出席して行う集会で、三日間で全員が揃う仕組の決議機関)において、組合員に対し会社再建案の基本的事項について説明し、右再建案を受け入れる方向で被申請人と交渉を進めることの了解を得たうえ、同月二八日被申請人と交渉した結果、被申請人との間で、「(1)会社提案の再建賃金体系(収支均衡型賃金方式)を昭和五二年度の賃金より実施することに合意する。(2)賃金内容については、運転手人件比率五七%(福利厚生費、年間臨時給等を含む。)までとする。(3)再建賃金体系は昭和五二年六月一六日より実施する。(4)現在退職を希望している者については退職金規程一号表を適用する。(5)再建案を了解し在職している者についての一時金は今後協議する。(6)再建案を了解し在職している者の退職金は一号表にて計算のうえ一年間凍結し、一年以内に退職する者は退職金規程二号表を適用する。(7)その他の諸条件についても協議する(再建案についての内容)。」との確認書を取り交した。

6  ところが、白急労組では、同年六月九日開催された全員集会において、執行部が前記確認書を取り交したことについて組合員間にかなり活発な論議が起こり、執行部に対する反発もあったため、執行部の方で辞意を漏らしたりする一幕もあったが、同集会に出席した私鉄関西地連の八本木一夫ハイタク対策部長から前記集団交渉の成果が報告され同地連の前記方針が組合員に明確にされるに及んで、白急労組は、再び当初の基本方針に立ち戻り、右地連の指導に従って従来の年度別賃金方式を維持し同方式の下で賃上げ交渉を進めることを決定した。その際、執行部が被申請人に同調し会社再建案の受入れにやや傾いている姿勢がみられるところから、執行部を監視し、組合員の意向を執行部に十分反映するようにするため、執行部と組合員間のパイプ役として中央委員を置くことが決まり、申請人亀靖、同吉田芳正ら七名の者が中央委員に選出された。しかして、白急労組は、同月一五日被申請人との間で、同組合の中辻健二執行委員長ら執行部と私鉄関西地連の八本木対策部長らが出席して団体交渉を行い、被申請人に対し従来の年度別賃金方式を維持し同方式の下で賃上げ交渉に応ずるよう要求したが、右要求は前記確認書に反するばかりでなく、かくしては会社再建案が覚束なくなるとして、被申請人がこれを拒否したため、団体交渉は約十分位で決裂した。

7  白急労組の執行部は、同年六月一五日に行われた被申請人との団体交渉がごく短時間で決裂したことから、私鉄関西地連に対し今後如何にすべきかについて指導を求めたところ、同地連は、右団体交渉の直後白急労組の執行部に対し、その点について翌一六日に連絡する旨答えた。ところが、翌一六日のみならず翌々一七日になっても私鉄関西地連からは何らの連絡もなく、反対に白急労組の方から右地連に問い合わせても、その都度担当の役員は不在ということで連絡がつかなかったばかりか、その後においても依然として右地連からは何らの連絡もなく、具体的な指導が全くなされないまま推移した。そのため、白急労組の執行部は、私鉄関西地連の指導性の欠如に不満を抱き、白急労組の組合員間にも何らの進展がないことに対する苦情や苛立ちが目立ち始め、執行部に対する突き上げが激しくなってきたことから、中央委員の提案により今後の方針を協議すべく、同年六月二一日中央委員・執行部合同委員会を開催した。この委員会には執行部四名と中央委員七名が出席したが、席上、二名の中央委員から、もう一度会社再建案受入れの方向で被申請人に団体交渉の申入れをしてはどうかとの提案がなされ、協議の結果、結局七対四で右提案が承認された。白急労組の執行部は、右合同委員会の結論を踏まえ、翌二二日再度会社再建案に向けての交渉を行う意思があるか否かについて被申請人の意向を打診したところ、被申請人は、白急労組の基本方針が二転三転し前記確認書まで反故にするようなことがあったことから、今後会社再建案について交渉するにしても、右のような事態が二度と起らないようまず組合員の総意を再確認し、明確な委任を取り付けてくるのでなければこれに応じられないとの態度を示した。

8  そこで、白急労組では、同年六月二四日全員集会を開催し、席上、中辻執行委員長が組合員に対し前記私鉄関西地連による指導の実情、中央委員・執行部合同委員会における協議結果等、六月九日以降の経過について報告し、白急労組の基本方針を最終的に確定する必要のあることを強調したが、一方、組合員の間からは、現執行部に対する批判的意見や執行部の交替を望む声も聞かれた。しかして、中辻執行委員長は、執行部提案として、「合同委員会の提案により最終態度を決定したいので、(イ)会社再建案を受け入れる方向で被申請人と団体交渉を進めることを執行部に一任するか、(ロ)私鉄関西地連の指導の下にあくまで年度別賃金方式を維持すべく闘っていくか、投票により決定したい。」という趣旨の提案を行った。これに基づき、堀満、申請人木村敬一が選挙管理委員となって、執行部に一任する者は○印、これに反対する者は×印を付する方法により記名投票がなされた結果、五六対六(反対者六名は申請人)らの多数で右(イ)の態度をとることが決定された。

9  白急労組の執行部は、前記全員集会での記名投票の結果に従い、私鉄関西地連と相談せず独自に同年六月二九日、翌三〇日、七月一日被申請人との間で団体交渉を重ね、その結果、同年七月二日被申請人との間で会社再建案に関する協定書(七・二協定)および覚書を作成し、白急労組と被申請人が当事者として記名押印をした。

七・二協定の主な内容は次のとおりである。

「(1)賃金体系については基本給(祝祭日手当を含む。)・所定労働時間外手当(固定深夜手当を含む。)・成果配分手当(公出手当その他ハネを含む。)とする。(2)基本給を七万八〇〇〇円(定額)とし定昇は廃止する。所定労働時間外手当を二万六〇〇〇円とする。(3)月額営収に対する賃率(1の基本給・各手当および臨時給を含む。)は、二七万円以下四五%、二七万円から三二万円まで五〇%、三二万円から三五万円まで五四%、三五万円から四〇万円まで五四・五%、四〇万円から四八万円まで五六%、四八万円以上五七%とする。(ロ)月額営収三二万円以下欠勤一乗務につき月額営収に対し一%ずつ減額する。月額営収三二万円以上欠勤一日につき基本給二六分の一(三〇〇〇円)、所定労働時間外手当二六分の一(一〇〇〇円)控除する。(4)臨時給について、(イ)月額営収二七万円以上の者は月額営収の七%を臨時給配分として支給する。(ロ)略。(ハ)月額営収二七万円以下は臨時給の配分なしとする。(5)非乗務員の賃金体系について(整備工)、以下略。(6)従来の退職金制度を廃止し、下記のとおり新退職金制度を設定する(一〇年打切りとする)。以下略。(7)ないし(11)略。」

また、右覚書の主な内容は次のとおりである。

「(1)再建協力者の条件、(イ)昭和五二年七月五日をもって各人の退職金を一号表で計算し、昭和五三年四月三〇日までの期間凍結する。なお、この期間内に退職する者は従来の二号表精算となる。(ロ)協力金八万円支給する。(ハ)一時金一五万円支給する。(条件)略。(ニ)略。(2)退職予定者の条件、(イ)退職申出日は昭和五二年七月五日(一二時まで)とする(申出ない場合は再建協力者とみなす)。(ロ)略。(ハ)昭和五二年七月五日をもって各人の退職金を一号表で計算する。(ニ)解決金五万円支給する。(ホ)一時金一五万円支給する。(条件)略。(ヘ)略。(3)その他の条件ならびに事項、略。」

10  白急労組の執行部は、七・二協定締結直後各組合員に対し、昭和五二年七月五日までに被申請人に対して(イ)会社再建案を承認し、新賃金体系の下で働くか(ただし、この場合でも一たん退職という形をとり、昭和五三年四月三〇日まで退職金の支払を凍結することになっている。)、(ロ)退職金規定一号表による退職金を貰って直ちに退職するか、の二者択一の意思表示をするように迫り、かつ、右期限までに明確な意思表示なき限り(イ)の条件を承認したものとみなす旨合わせて通告した。ところが、執行部が事前に改めて組合員に図ることなく被申請人との間で七・二協定および覚書を締結したことについて、組合員から執行部に対し、執行部は横暴、独断ではないかとして強い非難ないし不満の表明がなされて紛糾したため、執行部は、その収拾を図るべく右意思表示の期限を昭和五二年七月一〇日まで延長したうえ、同年同月六日から同月八日にかけて急拠明番者集会(当日明番に当たっている者が出席して行う集会で、三日間で全員が揃う仕組の決議機関)を開催し、そこで七・二協定および覚書の内容について具体的に説明をしたが、その際初めて組合員に対し会社再建案の具体的内容、新賃金体系の具体的細目が明らかにされた。

11  申請人らは、七・二協定による新賃金体系が水揚げ高によって累進的に歩合率が上がるいわゆる累進オール歩合給制賃金体系を定めたもので、いわゆる二・九通達と呼ばれる「自動車運転者の労働時間等の改善基準」(四二・二・九労働省労働基準局発第一三九号)等の行政指導に違反し、労働者を極端に刺激して労働過重に陥らせ、過労運転等による交通事故惹起の誘因となるおそれがあるばかりでなく、従来の年度別賃金方式と比較して大幅な賃金の低下をもたらすものであるとして、前記二者択一のいずれにも承服しえない立場をとり、あくまで従来の年度別賃金方式の下で引続き被申請人会社のタクシー運転手として稼働したいとの希望を捨てなかった。そして、申請人らは、組合員の意向を軽視し被申請人に同調的な姿勢をとる白急労組の執行部の下ではもはや労働者としての権利と利益を擁護することはできないものと考え、私鉄関西地連とも相談のうえ、同年七月八日一斉に白急労組に脱退届を提出するとともに、即日新たに労働条件の維持改善を目的として白急タクシー労組を結成するに至った。右組合は、同日役員として執行委員長に申請人亀靖、副執行委員長に同角田久二、書記長に同出張孝、執行委員に同木村敬一および同吉田芳正をそれぞれ選任し、被申請人に対し、右組合の結成および役員選任の通知をするとともに、右組合の組合員の昭和五二年度の賃金および臨時給を私鉄総連の要求書どおり速かに解決するよう求めて団体交渉を申し入れた。

12  白急労組は、同年七月一一日開かれた査問委員会において、申請人らが組合の統制を乱したとして申請人らをいずれも除名処分に付する旨の決議をし、同日被申請人に対し本件ユ・シ協定に基づいて申請人らを解雇するよう要請した。被申請人は、右要請を受けて、同月一四日本件ユ・シ協定に基づき申請人らに対し申請人らをいずれも解雇する旨の本件各解雇をなすに至ったものである。

三  本件各解雇の効力

企業内に存在する既存の労働組合が使用者との間でユニオン・ショップ協定(ユ・シ協定)を締結していた場合において、右既存組合の組合員の一部が同組合から脱退し、もしくは除名されたが、その後直ちに憲法第二八条で保障する団結権の保護に価する自主的な新しい労働組合を結成したときは、たとえ両組合の併存下で既存組合が従業員の過半数を占める多数組合であるとしても、特段の事情のない限り、右ユ・シ協定の効力は右脱退者もしくは被除名者に対しては及ばないものと解するのが相当である。けだし、憲法第二八条は、労働組合の団結権のみならず個々の労働者の労働組合を選択する自由(組合選択の自由)をも保障し、労働組合に対しては多数、少数にかかわらず平等に団結権を保障しているものと解されるところ、既存組合の締結しているユ・シ協定の効力が新たに結成された新組合の組合員に対しても及ぶものとすると、労働者の組合選択の自由が阻害され、既存組合の団結権が擁護される反面新組合の団結権が圧迫を受ける結果となり、憲法第二八条の規定の趣旨にもとることとなるからである。

これを本件についてみるに、前記二で認定したとおり、申請人らは、あくまで年度別賃金方式の下で被申請人会社のタクシー運転手として稼働したいとの希望を捨てず、白急労組の執行部がとった前認定のような組合運営ないし被申請人に同調的な姿勢を不満とし、同執行部の下ではもはや労働者としの権利と利益を擁護することはできないものと考え、一斉に白急労組から脱退し、その後直ちに申請人ら五名でもって新たに労働条件の維持改善を目的として白急タクシー労組を結成するに至ったものであること等白急タクシー労組が結成されるに至った経緯、同組合の目的や組合活動等の事実に照らせば、白急タクシー労組は少数の組合員で組織されているとはいえ労働組合として保護するに価する自主的な組合であると認められるから、他に特段の事情の認められない本件においては、白急労組が被申請人との間で締結している本件ユ・シ協定の効力は、白急タクシー労組の組合員である申請人らに対しては及ばないものというべきである。

そうすれば、本件ユ・シ協定に基づく申請人らに対する本件各解雇は、その余の点について判断をするまでもなく、いずれも無効であるといわなければならない。

四  賃金支払義務の存否

前記三で判示のとおり本件各解雇がいずれも無効である以上、申請人らはいずれも依然として被申請人の従業員としての地位を有するものであるところ、被申請人は、「本件各解雇は当事者双方の責に帰すべき事由によって生じたものであるから、被申請人は、民法第五三六条第一項により、申請人らに対する賃金支払義務を負わない」旨主張するので、以下、この点について判断する。

前記一、二のとおり、被申請人は昭和五二年七月一四日本件ユ・シ協定に基づいて申請人らに対する本件各解雇をなしたものであるが、被申請人が本件各解雇後申請人らの就労をいずれも拒んでいることは当事者間に争いがないから、申請人らは、いずれもその限りにおいて本件各解雇により労務を提供すべき債務が履行不能(就労不能)になったものと認められる。そして、申請人らの右就労不能は、前記三で説示のように被申請人が申請人らに対して効力の及ばない本件ユ・シ協定を適用して無効な本件各解雇をなしたことに基因するのであるから、債権者である被申請人の責に帰すべき事由によって生じたものと認めるのが相当である。

したがって、被申請人の右主張は理由がなく、申請人らは、民法第五三六条第二項により、本件各解雇以降も被申請人に対し賃金請求権を有するものといわなければならない。

五  申請人らの各賃金額

被申請人は、「申請人らの各賃金額は七・二協定による新賃金体系によって算出すべきである」と主張するのに対し、申請人らは、「七・二協定は無効であるから、旧賃金体系によって算出すべきである」と主張してこれを争うので、以下、七・二協定の効力、次いで申請人らの各賃金額について判断する。

1  七・二協定の効力

(一)  中辻執行委員長の七・二協定締結権限の有無

前記二の認定事実によれば、白急労組の中辻執行委員長が同組合の代表者として昭和五二年七月二日被申請人との間で締結した七・二協定は、その形式、内容からみて白急労組と被申請人間の労働協約に当たることは明らかである。

ところで、労働協約は、直接個々の組合員の労働条件を規律する効力(規範的効力)を有するものであり、また労働組合と使用者との組織的関係についても定めるものであって、その締結は労働組合にとって重要な意思決定であるから、組合規約にその旨の定めがなされているか、もしくは組合の最高意思決定機関である組合大会(これに準ずる集会を含む。)の議決による委任を受けなければ、組合代表者といえども、当然には労働協約の締結権限を有するものではないと解すべきであり、たとえ労働協約の締結権限を有しない組合代表者が使用者との間で労働協約を締結したとしても、その労働協約は、事後に組合大会の議決による追認を得ない限り、労働協約としての法律上の効力を有しないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、白急労組の組合規約には、執行委員長が労働協約の締結権限を有する旨の定めはなされていないことが認められるので、問題は、中辻執行委員長が労働協約(七・二協定)の締結について組合大会の議決による委任を受けていたか否かであるが、この点について、被申請人は、「白急労組は、昭和五二年六月二四日開催された全員集会において、五六対六という圧倒的多数により新賃金体系を内容とする会社再建案に関する団体交渉権のみならず労働協約締結権をも執行部に一任した」と主張する。

しかしながら、前記二の認定事実によれば、白急労組としては右七・二協定締結の前提となる同年六月二四日の全員集会において、会社再建案を拒否するのか、これを受け入れるのか、その基本方針を最終的に確定する必要があったこと、執行部としても今後の被申請人との団体交渉や組合運営のうえで組合員から明確な信任を取り付けておく必要があったこと、ところで右会社再建案の内容は、当時においては、いまだ具体的な細目についてまで協議されたものではなく、今後の団体交渉によって具体化を進めなければならないものであったこと、それにもかかわらず執行部に対する組合員の批判、不信感が高まっており、それは七・二協定締結直後に顕著に現われたこと、少なくとも申請人らは、新賃金体系が旧賃金体系に比して組合員にとって不利な賃金体系であると認識していたことがそれぞれ認められ、このような七・二協定締結の前後における客観的状況等に徴すれば、白急労組が六月二四日の全員集会において行った記名投票による議決は、白急労組の基本方針として新賃金体系を含む会社再建案を受け入れるか否か、現執行部を信任してこれに今後の被申請人との団体交渉を一切委せるか否か、の二点について総括して組合員の意思を確認したもので、その結果、右会社再建案を受け入れる方向で被申請人と団体交渉を進めることを現執行部に一任するというものであったと認めるのが相当である。

団体交渉権を委任したという場合、一般的には団体交渉が妥結を目指すものである以上、妥結に至れば労働協約の締結という運びになるのが通常の形態であるが、右の如き特殊な状況の下で、しかも前記二で認定したとおり従来の年度別賃金方式と著しく賃金体系が異り、したがって組合員にとって重大な労働条件の変更をもたらしかねない累進オール歩合給制賃金体系を内容とする労働協約(七・二協定)の締結権限まで予め白紙委任の形で現執行部(中辻執行委員長)に授与したものとはとうてい認め難いものといわざるを得ない。

《証拠判断省略》

以上によれば、六月二四日の白急労組の全員集会において、予め執行部(中辻執行委員長)に対し会社再建案に関する労働協約(七・二協定)の締結権限を授与する旨の決議がなされたものと認めることはできず、したがって、中辻委員長は右協約締結権限までは有していなかったといわざるを得ない。

(二)  表見代理の法理援用の当否

前記二で認定した七・二協定締結に至る経緯からすれば、被申請人において七・二協定は有効に締結されたと解しても無理からぬところであると認められる。

被申請人は、この点をとらえ、「七・二協定は労働組合の本質、民法第一〇九条、第一一〇条の法理からして有効であると解すべきである」と主張する。

しかしながら、労働協約は、本来経済的地位に差異のある労働組合と使用者との間において締結されるものであり、しかも直接個々の組合員の労働条件を規律するいわゆる規範的効力を有することにかんがみると、明文の準用規定もないのに、みだりに対等当事者間の私的取引の安全を保護することを目的とした表見代理の法理を労働協約締結の場面に持ち込んでくること自体疑問があるばかりでなく、労働組合が組合代表者に労働協約締結の委任の議決をしていないのに、右議決ありと誤信した使用者を保護するため、表見代理の法理を援用して労働協約の締結権限を有しない組合代表者が締結した労働協約を有効であると解することは、余りも組合員の利益保護に欠けるとの譏りを免れない。また、労働組合の本質からして、労働協約の締結権限を有しない組合代表者が締結した労働協約を有効であると解すべきであるとの被申請人の主張は、独自の見解であって採用の限りでない。したがって、被申請人の右主張は理由がない。

(三)  労働組合法第一二条等援用の当否

さらに、被申請人は、「七・二協定は労働組合法第一二条、民法第五三条、第五四条により有効であるというべきである」と主張する。

しかしながら、労働組合法第一二条の準用する民法第五四条の規定は、労働組合が財産権の主体として取引活動を行う場合における私的取引の安全のための規定であって、労働組合の代表者が労働条件等について使用者との間で団体交渉をし、または労働協約を締結する場合には適用がないと解するのが相当であり、したがって被申請人の右主張は、それ自体失当であるというべきである。仮にこの点はしばらく措くとしても、団体交渉権は団体交渉という一種の事実行為に当たる権限であり、労働協約締結権は労働協約の締結という一種の法律行為をなす権限であって、右両権限は全く別個独立の権限であるから、本件の七・二協定締結の場合に関して民法第五四条を準用するにあたっては、労働協約締結権の制限がなされたことが前提となるべきところ、前記(一)で判示のとおり、白急労組は執行部(中辻執行委員長)に対し労働協約締結権を授与していないのであるから、民法第五四条の準用はその前提を欠くものというほかはない。したがって、被申請人の右主張もまた理由がない。

(四)  その他、白急労組が七・二協定締結後に同協定を追認する旨決議をしたことを疎明するに足りる証拠はない。

(五)  ちなみに、《証拠省略》によれば、白急労組の組合規約には、「労働協約の補給、改廃は必ず大会または集会で決めなければならない」旨(第四〇条(1))規定されていることが認められるが、前記認定判断に照らせば、白急労組では労働協約の改訂に当たる七・二協定の締結について組合規約所定の組合大会または集会の決議手続を経たこともなかったものと認められる。

そうすると、七・二協定は、その余の点について判断をするまでもなく、労働協約としての法律上の効力を有しないものといわざるを得ない。

2  申請人らの各賃金額

前記1で判示のとおり七・二協定は労働協約としての法律上の効力を有しないから、申請人らの受給し得る各賃金額は、七・二協定による新賃金体系によってではなく、従前の旧賃金体系によって算出されるべきである。そして、右各賃金額は申請人らがそれぞれ本件各解雇前三か月間に受給した賃金の平均賃金額によるのが相当であると解されるところ、申請の理由6の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件各解雇がなされていなかったならば、申請人らはいずれも昭和五二年六月一六日以降毎月二五日限り、申請人亀靖において金二三万八一三五円、同角田久二において金一四万〇五四八円、同出張孝において金二〇万二六九〇円、同吉田芳正において金一四万二九二七円、同木村敬一において金一三万四四七〇円の各賃金を支給されて然るべきであった。

六  保全の必要性

《証拠省略》によれば、申請人らは、本件各解雇がなされるまではいずれも被申請人から支給される賃金を唯一の生計手段としてそれぞれの生計を維持していたものであること、申請人らは、いずれもさしたる資産はなく、本件各解雇によって昭和五二年七月分から賃金の支払を受けられなくなったため、それぞれ扶養する家族を抱えて(ただし、申請人木村敬一は昭和五二年七月二二日当時扶養家族はいなかった。)経済生活に困窮を来たすに至ったこと、が一応認められ、右事実によれば、本件仮処分申請はいずれも保全の必要性があるというべきである。

もっとも、《証拠省略》によれば、被申請人主張のとおり私鉄関西地連は、本件各解雇後毎月労働金庫から申請人らの生活資金として各平均賃金相当額の金員を借り入れ、これをそのまま申請人らに貸し付け、申請人らは右借入金によって昭和五二年六月ころから翌五三年一月ころまでそれぞれの生計を維持してきたことが一応認められるけれども、他方、《証拠省略》によれば、申請人らは、私鉄関西地連からの右借入金を利息を付けて早急に返済しなければならない立場にあることが一応認められるから、なお保全の必要性は存在するというべきである。

七  結論

以上の次第で、申請人らの本件仮処分申請はいずれも理由があり、これを認容した主文第一項記載の原決定は相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 最上侃二 村上久一)

<以下省略>

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